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2012年2月 7日 (火)

ながーーーい 近況&ぼやき

1.臼杵史談原稿について
次回発行の「臼杵史談」には
臼杵の妖怪ネタシリーズの第二弾として
二王座切り通しに伝わる「馬の首」に関する
やや長めの研究発表を提出しました
この悲しいお話が形成されていった時代背景
さらには県内の類話との比較、
他県に見える同類の伝説・民話を
身近な資料をもとに分類し
伝播の経緯などを自分なりに推理したもので
あります

2.彫獣保護区計画について

彫獣すなわち寺社密集地域である我が町に
ところどころ彫刻されている神獣や動物を調査し
勝手に保護する計画

昨年秋に気の合う仲間と
(といっても無理くり集めた)会合をもち
それっきり進捗を報告するまでもない企画ですが
そこで話したことをまとめるならば
○対象が小学生でるあること
○目の前の歴史遺産を見直すこと
こんな歴史の町ならではの努力は
うすきっ子検定などを通じて
とっく昔に市が企画をされており
ならば、柱となるのは何かと
「企画力を養う」という点を付けくわえ
近々、二回目の会合を催す予定です

3.町づくりについて

「辻が変わって信号が長い」と、ほざく家族に
「何年もかけて海を渡り、布教に来たフランシスコ・ザビエルにくらべれば
ミジンコのお引越しのようなもんじゃあねえか」

歴史の町の住人らしく説教したはいいが、
そもそも我が家族にとっては、
今や円形ハゲの代名詞にしか使用しない
フランシスコ・ザビエルの名を出したのが
大間違いであることに憂う今日この頃、
みなさま、いかがお過ごしでしょうか

我々商店にとって目の前の道路が変わるということは
「立地」が変わるも同然で、
工事の間、客足はさえぎられ
電話注文でさえ爆撃機のような轟音に妨害されながら
計画という名の大きな歯車に
逆らえぬまま嘆いているのが現状です
これについては
一度整理する必要があるのではないか、
計画というのは何年かに一度見直しが必要ではないのか、
といったことをご近所に聞くことも少なくありません。

しかし相談にならない相手に相談したところで
「問い合わせを受けた」という手柄にしかならないばかりか
そんなちっぽけな手柄を自尊する者に限って
ここに住んでいないので
生活形態・事情なんぞわかるはずもなく
どうせ商売人の気持なんぞわかりゃしないのであります

元をたどれば絵空事を描いた発案当時の首謀者や
関わって意見した諸団体にも
大いに問題があると自分は考えます
そしてそれは住人であり、商人であり、
当時町づくり団体に所属していた身分でありながら
己の意見をもてなかった自分自身にも責任はあります
少なからず、絵を描く段階で関わった団体には
「今の渋滞」というものに対し
反省しなければならないでしょう。
と同時に今現在、計画中の中心市街地活性化と町づくりに
関わっている個人や、団体にも
将来を見据えたものの考え方といえば
ふるえるほど聞こえはいいでしょうが
現時点の生活の、いわば進行形で進んでいる現状を
把握し、同時に進んでいく周辺との兼ね合い
(いずれ絡んでくる港湾の移設なども含む)を
十分、理解したうえで運営していくべきだと思います

そのためには住人と商店主が中心になるのが
最良
と考え、そうすべきであると思います。
ましてや中心人物の中に政治的な下心などあっては
八百長の相撲よりも見っとも無く、
ばかにしちゃあいけませんよ、と言いたいくらいであります

もう一つ念を押しとくならば、
事が大きくなると
問題でもないことを問題にし
なぜか無暗に反発する勢力が
なにかと湧き出てくることであります。
これほどウザいものはありません
苦情をひろいあげ
絶妙なタイミングをうかがいながら
少数の弱者を守る時代劇気取りで
勝手に独自の世直しとはき違えている
運動家諸君であります
計画が動き出してから
その賛同者ばかりを集めて徒党を組み
「だからあれほど言ったのに」というのは
相手がグーを出してからパーを出す
後出しジャンケンぐらい
ぶっちぎりに武士道に反しておるのです

無論、これには「会議で決まりました」的な
決定機関による住民へのアプローチとそのシステムにも
問題は大ありだと考えますが・・ 

要するに計画自体に一本柱がない気がするのです
たとえば
交通の機能を考えながら道を大幅に変える、
すると同時に歴史の町づくりの観点として
かくのごとき批判家の反対材料になる。
逆にそれが町づくりや観光面優先であっても
いつまでたってもどこかが工事中で
観光もできているのかという疑問も浮上するでしょう
このように
どちらに転ぶかわからないような
二本ないし三本の柱で事業を進めると
優先順位の的がしぼれず本末転倒になってしまいます
中心の柱、というか一本通す説得性に欠け、
妥協が随所に見える計画は
今まで同様うまくいくはずもなく

「ストーリー漫画を描くほど根気はないので
ゆるキャラを描き始めた」
ような
腰ぬけの野望みたいで自分はいやであります
もう何度も何度も失敗こいていると思うのですが、
「町づくり」なのか「機能性」なのかはっきりしていただきたく、
「この事業はこちらを徹底的に優先する」
きっぱり言いきってほしいのです

きっぱり言いきってほしいのですが
それでもやや危惧することもあります
それが「景観優先主義」。
特に自分などが個人的に笑えてしょうがないのは
情緒とか風土といった“架空の「らしさ」”を表現し、
実現性は丸投げにしている「町づくり依存症」な人です。
臼杵はよその町とちがい
日本中がやっているからと言って
わざわざB級グルメやパワースポットを作り出すような
おろかな町づくりよりは二歩も三歩も先を行っていると思います
見た目重視の絵画的計画も
理想を貫く面では必要なのかもしれないけれど、
そんなことしなくても
出来上がった地形から情緒は育まれるものではないでしょうか

もう絵空事を描く町づくりは卒業してよいはずです
そしてそれは依存症の方々が一番よくわかっているはずです
何かを一本通すときに「絵空事」が邪魔をするようでは
歴史が泣きます

と、
こんなことを熱っぽく綴ったところで
主張をブログにしか書けない暇人と同じにされては困りますんで
自分も言うばかりでなく行動に移すつもりであります

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