フォトアルバム

最近のトラックバック

更新ブログ

Powered by Six Apart

« 2012年1月 | メイン | 2012年7月 »

2012年2月13日 (月)

臼杵妖怪考  続・賢厳禅師

怪異あるところに歴史あり。
畏怖は物忘れのひどい我々の忘却という腐食を
言われやタブーによって保冷し
新鮮さを失わず保存してくれる方法で
それはあたかも干物漬物などの
保存食を見出した昔の人の工夫と同じであります

物の価値や有り難味が薄れかかっている現代にも
神秘なもの、神聖なもの、
怨念めいたもの、目に見えぬ者といった
「怖さ」だけは
「迷信」なる消極材料をけっ飛ばし
衰えに反発し、そのまんまの形を見せてくれております

以前、妖怪考にてご紹介した多福寺三世・賢厳禅師の伝承について
http://miwari.blogcoara.jp/miwari/2010/06/post-a441.html

また、おもしろい記載を見つけたので追記しておきます

宇和島藩・和霊様の起源となった怨霊鎮談での活躍や
山庵に隠居してから臼杵においての怪談など、
数々のエピソードを持つ賢厳禅師
臼杵史談83号を引き、「東神野歴史探訪 その四」によると
禅師が住んでいる山庵に毎晩、東神野黒枝家の吉内(きちね)さんという老人が通い、
その教えを学んだそうです。

ある日、吉内さんが帰ろうとすると禅師が
「今夜はその桶を持って帰り、途中で胸騒ぎがしたら、
その桶をかぶって道端にかがんでおくように」
と言ったそうです
真夜中に姫岳を帰っていると吉内さんは変な気持になったので
桶をかぶり道端にかがんでいると声が聞こえ、
桶の下から見てみると、鬼のような化け物が二つ三つ見えました
化けものは「今まで人臭いにおいがしていたが、よく見れば仏がおるわい」
といって消えてしまった、ということです

また、黒枝家のすぐ下の畑に吉内さんが
賢巖禅師からいただいた「山庵柿」があり、
七本の柿木のうち一本だけは、甘柿と渋柿半分ずつなり、
しかもその木だけは高さが3メートル以上には伸びないそうです
その近くにある「つぶ池」も不思議な池で、
ここにごみが溜まると家の人の歯が痛くなるということです。

この話、賢厳禅師の法力・威徳もすごいのですが
夜に東神野から姫岳を越えて毎晩通い、
禅師に「もう教えることがない」と言われるまで
8年間も教えを乞いに行った吉内さんの信心深さも
すごいのであります

2012年2月 7日 (火)

ながーーーい 近況&ぼやき

1.臼杵史談原稿について
次回発行の「臼杵史談」には
臼杵の妖怪ネタシリーズの第二弾として
二王座切り通しに伝わる「馬の首」に関する
やや長めの研究発表を提出しました
この悲しいお話が形成されていった時代背景
さらには県内の類話との比較、
他県に見える同類の伝説・民話を
身近な資料をもとに分類し
伝播の経緯などを自分なりに推理したもので
あります

2.彫獣保護区計画について

彫獣すなわち寺社密集地域である我が町に
ところどころ彫刻されている神獣や動物を調査し
勝手に保護する計画

昨年秋に気の合う仲間と
(といっても無理くり集めた)会合をもち
それっきり進捗を報告するまでもない企画ですが
そこで話したことをまとめるならば
○対象が小学生でるあること
○目の前の歴史遺産を見直すこと
こんな歴史の町ならではの努力は
うすきっ子検定などを通じて
とっく昔に市が企画をされており
ならば、柱となるのは何かと
「企画力を養う」という点を付けくわえ
近々、二回目の会合を催す予定です

3.町づくりについて

「辻が変わって信号が長い」と、ほざく家族に
「何年もかけて海を渡り、布教に来たフランシスコ・ザビエルにくらべれば
ミジンコのお引越しのようなもんじゃあねえか」

歴史の町の住人らしく説教したはいいが、
そもそも我が家族にとっては、
今や円形ハゲの代名詞にしか使用しない
フランシスコ・ザビエルの名を出したのが
大間違いであることに憂う今日この頃、
みなさま、いかがお過ごしでしょうか

我々商店にとって目の前の道路が変わるということは
「立地」が変わるも同然で、
工事の間、客足はさえぎられ
電話注文でさえ爆撃機のような轟音に妨害されながら
計画という名の大きな歯車に
逆らえぬまま嘆いているのが現状です
これについては
一度整理する必要があるのではないか、
計画というのは何年かに一度見直しが必要ではないのか、
といったことをご近所に聞くことも少なくありません。

しかし相談にならない相手に相談したところで
「問い合わせを受けた」という手柄にしかならないばかりか
そんなちっぽけな手柄を自尊する者に限って
ここに住んでいないので
生活形態・事情なんぞわかるはずもなく
どうせ商売人の気持なんぞわかりゃしないのであります

元をたどれば絵空事を描いた発案当時の首謀者や
関わって意見した諸団体にも
大いに問題があると自分は考えます
そしてそれは住人であり、商人であり、
当時町づくり団体に所属していた身分でありながら
己の意見をもてなかった自分自身にも責任はあります
少なからず、絵を描く段階で関わった団体には
「今の渋滞」というものに対し
反省しなければならないでしょう。
と同時に今現在、計画中の中心市街地活性化と町づくりに
関わっている個人や、団体にも
将来を見据えたものの考え方といえば
ふるえるほど聞こえはいいでしょうが
現時点の生活の、いわば進行形で進んでいる現状を
把握し、同時に進んでいく周辺との兼ね合い
(いずれ絡んでくる港湾の移設なども含む)を
十分、理解したうえで運営していくべきだと思います

そのためには住人と商店主が中心になるのが
最良
と考え、そうすべきであると思います。
ましてや中心人物の中に政治的な下心などあっては
八百長の相撲よりも見っとも無く、
ばかにしちゃあいけませんよ、と言いたいくらいであります

もう一つ念を押しとくならば、
事が大きくなると
問題でもないことを問題にし
なぜか無暗に反発する勢力が
なにかと湧き出てくることであります。
これほどウザいものはありません
苦情をひろいあげ
絶妙なタイミングをうかがいながら
少数の弱者を守る時代劇気取りで
勝手に独自の世直しとはき違えている
運動家諸君であります
計画が動き出してから
その賛同者ばかりを集めて徒党を組み
「だからあれほど言ったのに」というのは
相手がグーを出してからパーを出す
後出しジャンケンぐらい
ぶっちぎりに武士道に反しておるのです

無論、これには「会議で決まりました」的な
決定機関による住民へのアプローチとそのシステムにも
問題は大ありだと考えますが・・ 

要するに計画自体に一本柱がない気がするのです
たとえば
交通の機能を考えながら道を大幅に変える、
すると同時に歴史の町づくりの観点として
かくのごとき批判家の反対材料になる。
逆にそれが町づくりや観光面優先であっても
いつまでたってもどこかが工事中で
観光もできているのかという疑問も浮上するでしょう
このように
どちらに転ぶかわからないような
二本ないし三本の柱で事業を進めると
優先順位の的がしぼれず本末転倒になってしまいます
中心の柱、というか一本通す説得性に欠け、
妥協が随所に見える計画は
今まで同様うまくいくはずもなく

「ストーリー漫画を描くほど根気はないので
ゆるキャラを描き始めた」
ような
腰ぬけの野望みたいで自分はいやであります
もう何度も何度も失敗こいていると思うのですが、
「町づくり」なのか「機能性」なのかはっきりしていただきたく、
「この事業はこちらを徹底的に優先する」
きっぱり言いきってほしいのです

きっぱり言いきってほしいのですが
それでもやや危惧することもあります
それが「景観優先主義」。
特に自分などが個人的に笑えてしょうがないのは
情緒とか風土といった“架空の「らしさ」”を表現し、
実現性は丸投げにしている「町づくり依存症」な人です。
臼杵はよその町とちがい
日本中がやっているからと言って
わざわざB級グルメやパワースポットを作り出すような
おろかな町づくりよりは二歩も三歩も先を行っていると思います
見た目重視の絵画的計画も
理想を貫く面では必要なのかもしれないけれど、
そんなことしなくても
出来上がった地形から情緒は育まれるものではないでしょうか

もう絵空事を描く町づくりは卒業してよいはずです
そしてそれは依存症の方々が一番よくわかっているはずです
何かを一本通すときに「絵空事」が邪魔をするようでは
歴史が泣きます

と、
こんなことを熱っぽく綴ったところで
主張をブログにしか書けない暇人と同じにされては困りますんで
自分も言うばかりでなく行動に移すつもりであります

2012年2月 2日 (木)

絵日記風報告 1/27(金)津久見小4年生

先日(1/27)、初の津久見市でのミワリーを行いました

場所は津久美市の岩屋公民館、

小学生(2クラス)40名 父兄20名くらい

夜会形式で行いました

メンバーは、私、副会長、ミリタリー

加とちゃん、白粉団子、書庫マロ、鹿天狗、ごっさん

の8名

Minna010

 
このような出張ホラー一座を出迎えてくれたのは
津久見小学校4年生の生徒と保護者のみなさん。

半分が旧臼杵藩内であるここ津久見市は

セメントが主な産業で、 臼杵市のすぐとなりということもあり、
互いに市街地も近くミワリー会員も縁の深い土地柄。
市外に来た感じがしないのであります。

Gakuya_013

妖怪クラブごときに与えられたにしては

立派すぎるぐらいの楽屋を用意され
醜態をさらさぬように、綿密にというか、
いきあたりばったりのインスタント企画会議を行い
あっというまに演者の我々は出番が来たわけであります

これまでの活動実績から見て強敵4年生、
活動そのものを紹介する上でも
いつものように

「風変わりな健全育成」や

「少しマニアックな町おこし」といった
きれいな言葉のバーゲンセールで済まされるほど
生易しくはない相手ではあります
しかしながら、与えられたこの状況と

保護者と同年代、もしくはそれより上の年代である我々を前に

真剣なまなざしで聞く姿は、

いつものミワリーツアーとさして変わりなく対応できました

ミリタリーが調べてきた津久見の民話の中に
青江少校区の伝説に基づく
近代の人々の想像、及び連鎖して残されている風習と
学校に保管されている遺物のはなしがあり、
聴衆の中には青江少出身の父兄もいらっしゃったのか
「ああ あった あった」と驚く声も聞こえました

こういった伝説や昔話と、
なにげなくやっている日常の風習、
身近な事績・自分の知っている歴史が
ものの見事に一致した瞬間、
点と点が線で結ばれたような
なんともいえない感動と奇妙な心地よさを覚えるものです

ただただ、今が今までこのような
身近な民話伝説を話さなくなってしまったのは
実に残念なことであります

夜会タイプの今回は臼杵でのツアーのように町並を歩き回って
各所の妖怪話をするのではなく一定の場所でひそひそと
百物語よろしく、しめやかに行う手法をとっているので

退屈させないように、居眠りさせないようにと

分科会形式みたいな三分割のチームに分かれ話をしたり

紙芝居をまじえて交互に夜会を行いました

わずか一時間弱の間
初めて会った人々との会話の中で
笑いが散りばめられており
我々のような口べた集団でも

しかも市外でもそこそこやっていけるもんだ

このように思いました

最後は恒例のお約束アトラクション=おばけ登場

元気がありあまっていそうな生徒三名と
ミリタリーに白粉団子がメイク、というよりは特殊効果を施しましたが

同時に、ミリタリーという生命体が

人間であることを忘れる瞬間でもあります

戸籍上メスとは思えない普段の風貌から

これまた自毛とは思えぬ長髪(腰より下)をなで下ろし

青ざめた顔に血とクマを施した

和風ゾンビの出来上がり

そして登場するなり

この安っぽいサダコ

子供たちを恐怖のどん底へ一瞬にして突き落したのであります

親もそこにいるので逃げ場はない閉鎖的な場所。
病院にエイリアンが現れたかような
あるいは学校にプレデターが出没した
かのようなパニック状態になりました

Toujou_012
最後に挨拶をして、

さらにお礼の言葉や感想を頂戴し

臼杵へ帰ることになったのですが

帰りに私の目に恐ろしい光景が。

白粉団子の車に

そのままの格好で乗っているミリタリー・・・

考えても見てほしい

短い距離とは言え
軽四自動車の後ろに
ロン毛のハムナプトラ
が座っているのである

二車線で隣につけた車がこんなの見たら

ベテラン運転手でも事故るんじゃあねえのかあ・・・

とにかく無事に終わりました

津久見小のみなさん、楽しかったです

お母さん方、お世話になりました

今度は臼杵に遊びに来て下さい