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2011年8月30日 (火)

絵日記風報告 臼杵ミワリーツアー 2011 上北小学校6年生

ゆうべ 8/29(月)

今季最初で最後の臼杵ミワリーツアーで上北小学校のみんなを案内しました

6年生16人 先生家族ほか数名にて

いつもの臼杵城下妖怪・怪談めぐりにでかけました

ミワリーメンバーは6名ほかお手伝いの方

Uma4

↑切り通しで馬の首の紙芝居をする本尊

コースは定番の寺・八町・祇園・城コース

しょっぱなから泣き出す子もいて

父兄の方が「すいませーん」とおっしゃられてましたが

我々としては

実にやりやすい

何やら各地の放送局が三社ほど極秘に潜入取材していたようでありますが

子どもたち、お父さん、お母さんたちに楽しんでいただけたようです

法音寺の裏鬼門封じの二天門(神様)ですら

こわがって見れない・・という子もいました

Shitenmonn27_2

最後はやはりお決まりの「大門櫓への肝試し」

で我々もわいわいガヤガヤの楽しいフィナーレで終わりかと思いきや

生徒代表のお礼の言葉に感動、 

「昔の人が怖がっていたことを知ることができました」

このひとこと、

ミワリーやっててよかった

とメンバーを奮い立たせる言葉でした

Miwar12

父兄に知り合いも多く、楽しくやらせてもらいました

ありがとうございました

2011年8月29日 (月)

俺指定文化財④  津久見島の日の出

洗濯物を乾かすために

遠くからやってきた風に

「ちっとも涼しくない」

文句ばかり言う人類が

あんまりにもうるさいので

森の近くにいってみると

蝉が文句ばっかり言っているので

結局うるさい今日この頃

みなさま いかがお過ごしでしょうか

俺指定文化財④ 「津久見島の日の出」

Hinode2

三代藩主・一通によって鬼門を守る弁財天が祭られ

山伏による雨乞い祈祷なども行われた島

珍しいオオゴキブリの生息地

その津久見嶋からのぼる朝日です

毎日のように拝み

あるいはその身近な天体ショーを楽しみ

朝一番のエネルギーを体に浴びる人びとを

朝、臼杵城の亀ん首で見かけます

その光やらオーラと、

毎日、その日を迎えられる喜びに手を合わせる

ご近所の現代人の習慣を俺指定文化財に登録いたす

城の先端から真っ正面に見える豪華な景色だけに

あそこまで歩く価値は十分あります

2011年8月21日 (日)

業務連絡 

この場に書くべきか、悩みますが・・・

ミワリー会員の皆様へ 業務連絡・・

8/29(月) 城下ミワリーツアー(上北小学校生徒)

集合:PM6:30 開始PM7:00

集合場所:例の場所(サーラです

会長、一応オニ婆の紙芝居持っていきます

ミリタリーは亡霊の着物&提灯を持ってくること(賞味期限切れのおつまみはいらん)

ローソク・着火マン・ガムテープ・虫よけをお持ちの怪員は持参願う

コース(案) 寺~甚吉坂~狸小路~八幡さま~八町~八坂神社~城内へ

終了後、定霊会します

あ、 それと よせばいいのにケーブルテレビ来るかも

以上、業務連絡おわり

どうせみんな見てないんだろうが・・

2011年8月17日 (水)

俺指定文化財③ 浜町の山田家の屋根

先日の下南小ライブにて

「オブラデ・阿弥陀ラ」を熱唱した「ばけものがかり」

歌詞の内容は

近頃流行りのパワースポットをやさしく皮肉りながら

臼杵市民も御当地・臼杵石仏へお参りしようと言う

郷土愛ソングであったが、

その一部に「ブスな歴女」という言葉が使われており

下南の善男善女の諸君を前に、

不適切な表現ではないか?という疑問の声があった。

これに対し彼らは

「我々は歴女が全員ブスと言っているわけではなく、

ブスな歴女といっているだけである。

地元のガイドよりも知ったかぶる歴女

心がブスと言っているだけ」

だそうである。

結局お前らはブスといいたいだけじゃあねええのか

と思う今日この頃、

猛暑お見舞い申し上げます

さて、

俺指定文化財の③は浜町の角にあるの山田家の屋根です

古くは料亭だったこの建物、壁や瓦の作りも古く

味のあるつくりをしているわけですが

臼杵の建物としてはそう珍しくもない、と思う方も多いと思います

ですがよーーーく見てみると

20110807190105

屋根が二重になっておるんです。

家主のおばちゃんいわく

昔、この家は三階建てだったが、

台風が多く、風が真っ向から吹き付けて危険なので

三階をとっぱらいこのように屋根だけを残して重ねたそうであります。

このような災害への対処策とアイデアを

俺指定文化財に登録です。

野上記念館などに立ち寄った際にはちょっと上に注目してみることをおすすめします

ちなみに、当時このように三階をそぎ落とした家は

まちんなかに数件あった、と

山田のおばちゃんは話してくれました

2011年8月 9日 (火)

下南小学校 下南ふれあい広場 ライブ終了

8/7(日)

下南小学校で行われた 「下南ふれあい広場」

このステージのオープニングでばけものがかり、演奏しました

校区内のちびっこからお年寄りまで集まるお祭りで

多くの人が集まっておりました

この日のばけものがかりは新フルメンバー、総勢7名

グランドに用意されたトラックの荷台ステージで

まさにちょっとしたスタジアムデビューとなりました

曲目は、

1.「ばけものがかり愛のブルース」を皮切りに

2.「下南の偉人」(CAREER OPPORTUNITIES/THE CLASH)

3.「オブラデ・阿弥陀ラ」(Ob-La-Di,Ob-La-Da/ the Beatles)

4.「王の字 B グッド」(Johnny B Goode/Chuck Berry)

そのうち2つをご紹介↓

「下南の偉人」

家野の田んぼはいつもカラカラ

村人は作物出来ずに絶望
村のために私財を出し
水をひいた岩崎ツラフサ


芸術、文学、政治家の
臼杵の偉人は多いけど
下南にも偉人はいるんだぞー

望月の堤防はいつも氾濫
村人は田んぼを荒らされ絶望

川の流れ工夫をして
崩れぬ堤防造った疋田フカン


芸術、文学、政治家の
臼杵の偉人は多いけど
下南にも偉人はいるんだぞー

ブルドーザーもない
トラックもない
ユンボーもない
よくやったな

戦争に敗れ大連の日本人は
食料もなくてつらい生活に絶望
人々を救うために
美術品を売った首藤定


芸術、文学、政治家の
臼杵の偉人は多いけど
下南にも偉人はいるんだぞー

偉人
偉人
偉人
まだまだいるぞ

「王の字 B グッド」

『ジョニーBグッド』

旧暦8月1日
望月の上の立石
火伏せのために始まった
江戸時代からのお祭り
王の字になった由来は
賀来神社の善神王
の 『王』
王の字 王 王
王の字 王 王
王の字 王 王
王の字焼き


三日続けて火を灯す
望月の上の立石
火災が起こらぬように
虫追いも兼ねたお祭り
王の字になった由来は
賀来神社の善神王
の 『王』
王の字 王 王
王の字 王 王
王の字 王 王
王の字焼き

演奏後、会場内でメンバーは祭りに参加し

楽しんでいたようです

2011年8月 8日 (月)

図書館イベント 星の宵 読み聞かせ

一昨日6日(土)

臼杵図書館にて読み聞かせの会が行われ

ミワリークラブは妖怪話&紙芝居を行いました

本尊&ミリタリーのコンビで出演してもらいましたが

「生首」の話や

「呪いの山桃」の話

紙芝居「おにばば」など

生々しく怖い臼杵の話をしましたが

たぶん二人はこんなに幼児が大半を占めているとは思わなかったのでしょう・・

20110806191645

館内(こども図書館)だったのでいつもみたいに泣く子は出ませんでしたが

話者・ミリタリーによる

「そん蛇をちち殺しちしもうたんじゃ」といった

バイオレンス方言がはたして幼児たちに伝わったのだろうか?

20110806193630

そこらへんの子供らに聞いてみたところ

「まあまあ よかった」との感想。

何がよかったのだろうか?

もすこし演出を考えた方がよかったかと反省は残るものの

久々のコラボ企画でとても楽しかったです

図書館のみなさま

お世話になりました

2011年8月 2日 (火)

近い遺産⑧ 「大分銀行臼杵支店跡のプレート」

臼杵の町は

古いものがいいからといって

何百年も変わらない不燃物のような

そんなやっかいものを

次世代に力づくで継承させんなら

放射能と同じじゃねえか

このように思う今日この頃

暑中見舞い申し上げます

残すことで肝心なのは住む人の見極めであり

学者の査定ではない

思いますです

近い遺産⑧ 「大分銀行臼杵支店跡のプレート」

昨日 仕事の帰りに 

本町の中央付近にて呼び止められ

「一杯のんじいかんか」と誘われ

そのまま前田先輩(キューピーちゃん)の店の前で

おそくまで生ビールを御馳走になった

大分銀行の社員さんたちもご一緒で

急に立ち上がった前田先輩(キューピーちゃん)は

「ここにあんたたちの会社が昔あった」と

社員さんらに自慢げに話しだした

20110801204712

現在のサーラ・デ・うすきの横にある一角

(釘さんではない事はいうまでもない)

ここには以前、大分銀行臼杵支店があり

自分もかなり前に写真をみせてもらったことがあるが

立派な洋館作りの建物が建っていた

現在はそこに「大分銀行臼杵支店跡のプレートだけが残っている20110802073051

普通に通り過ぎると気付かないが

当時、臼杵の金融機関としてはけっこうすばらしい建物だったらしく

その旧跡と伝えるあかしとして

ささやかに残っている「さりげない近い遺産」である

しかるに

前述した町の残し方にしても

このような方法があるということを

どうか覚えておいていただきたい